介護福祉士de行こう

介護職の専門性や技術、あり方を日々の介護を通して考えるブログ

続・介護福祉士の専門性

どうも、イムです! 昨日に引き続き介護福祉士の専門性について書いてみたいと思います。

 

介護福祉士の専門性の一つとして昨日は「主体的に生活できる援助」について書いて、やっぱり全ての患者さんには無理だけど、できる限り範囲でやれることをやってみようと記事を書いた自分が決意させられました・・・・

 

介護福祉士の定義にある「専門的知識、技術をもって...心身の応じた介護を行う」とあります。(だいぶはしょりましたが...)

ここで外せないなぁと感じところは「尊厳や意思決定を尊重する」ことではないでしょうか?

どんなにその人に合った介護技術があったとしても、人として見ていない言葉や行為、患者さんの意思が重んじられていないのであれば、私は専門職としての価値は、とてつもなく低いものであると思います。きれいごとかもしれませんがここは介護福祉士としてきれいなままで残して、追求すべきことと思います。

もちろん私もイライラする時もありますし、我慢しきれない言葉や暴力を受けたこともあります。

けど、そこから上手く介護できるのが専門性だと考えます。我慢しなさいという意味ではなく、怒りが爆発する前に自分でセルフコントロールする方法を身につけること、同じ現場の介護福祉士の仲間と協力し合うなど、試行錯誤して、その患者さんを一個人として接していくことが大切と思います。

寄り添うって良いも悪いも上手く伝えて相手を理解できるように努めることで、ただ言いなりになることや頭ごなしに押さえつけることでその人の価値をないがしろにすることではないと思いますし、介護福祉士は絶対に守るべきことと思います。

なんか...勢いついてる感じになっていしまいましたが(汗)

 

介護福祉士は福祉職として思いを引き出し気持ちの充足や思いを実現する援助が大切です。患者さんにも自宅や仕事、趣味活動などの場で相応の居場所や役割などの歴史があって様々な思いや経験があって今があります。

介護福祉士は生きてきた背景を知り日々の関わりを通して「今日はどうなのか?」「いつもと変わらないか。」と小さな変化も見逃さない観察力が大切と思います。

また、日常の中でたくさんのことを決断する。意思決定の機会が多くあります。

今日、着る服からトイレへ行くかどうかなど、私たちが介助する事で決定する機会が失われていないか、言葉の掛け方やタイミングにもっと気を使っていくべきだと思います。「~してみませんか?」、「○○はどうでしょうかと?」自分で決める言葉がけを追求していくことが大切です。

 

24時間の生活を支える職業として一筋縄ではいかないことではありますが介護福祉士の専門性として「尊厳や意思決定を尊重する」ことがもっと確立されればなぁと思います。

今日もお付き合いありがとうございました。イムでした。